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大阪地方裁判所 昭和38年(む)2号 判決 1963年1月29日

請求人 大塚具明

決  定

(請求人 氏名略)

右の者から、大阪府大正警察署司法警察員がした押収及び押収物の還付に関する処分について、その処分の取消及び該押収物の請求人への還付の請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

大阪府大正警察署司法警察員が、昭和三八年一月一一日別紙目録記載の物件につき請求人のした還付請求を却下した処分を取消し、右物件を請求人に還付する。

理由

本件請求の要旨は、

一(一)  請求人は古物商を営んでいる者であるが、請求人が昭和三七年一二月一八日古物商新光商会から善意無過失平穏且つ公然に買受けた別紙目録記載の軽四輪自動車につき、大阪府大正警察署司法警察員は昭和三八年一月一〇日大阪地方裁判所裁判官の差押許可状により差押えた。

(二)  右許可状及び捜査官の説明によると、右物件は被疑者桜本繁夫と同三松一とが共謀してダイハツ販売株式会社の代理店である株式会社天野勝商店から窃取し、新光商会に売却したものということであるが、右被疑者三松一は天野勝商店の車輛課長であり、被疑者桜本繁夫は同商店の営業課員であり且り右物件は三松が会社の業務で乗廻していた車である等の諸点に鑑みるとき、請求人としては本件犯行は窃盗ではなく横領であると考える。

(三)  従つて請求人は何人からも古物営業法二一条による返還請求権を行使される筋合はなく、完全な所有権者であるから、右差押は失当である。よつて右差押処分の取消を求める。

二(一)  仮りに差押処分に瑕疵がないとしても、右物件は還付されるべき段階にある。請求人は昭和三八年一月一一日右物件につき、大阪府大正警察署司法警察員に対し還付の請求をしたが、ダイハツ販売株式会社と請求人との協議が調わなければ還付できない旨告げられて却下された。

(二)  然し、前述のとおり請求人は完全な所有権者であり占有者であるから、受還付権者は請求人を措いては他にないと考えられるので、右還付請求却下処分を取消し、請求人に対し還付する旨の裁判を求める。

と謂うにある。

よつて検討するに

一、一件記録によれば、本件では、差押物件として別紙目録記載の物件を特定した適法な差押許可状に基き権限ある捜査機関が右許可状の許可の範囲を逸脱することなく差押をなしたことが認められるから、差押処分に瑕疵はない。なお、請求人は差押許可状の発布自体にも不服がある様であるが、その点は刑訴四二九条一項二号の準抗告によつて争うべきであつて、その点を理由に司法警察職員の処分を争うことは失当である。又請求人は、差押処分に対する不服の理由として、所有権の帰属を問題にしている様であるが、差押は、証拠物である以上何人の所有物に対しても可能なのであるから、後記還付先決定の理由としてはともかく、押収自体の不服理由としては失当である。

二、次に還付請求却下処分の取消を求める請求については、前提として司法警察員の還付請求却下処分の存在が一応問題となる。大正警察署司法警察員の意見書によれば、請求人から還付請求の明白な意思表示はなく従つて却下処分もしていないとのことであり、一件記録中にも請求人作成の還付請求書の存在乃至は口頭による還付請求を受理した旨の記録の存在は認められないけれども、請求人が従前から本件軽四輪自動車の任意提出を拒んでおり、差押後もその翌日直ちに大正警察署に赴いており、これに対し同署司法警察員がダイハツ販売株式会社と請求人との示談協議を勧奨し、請求人が関係者と協議を試みる旨申述べた事実は認められる。而して前記意見書によれば、当該司法警察員としては、請求人と被害者との協議が成立しない以上還付については如何ともし難い意向であることも認められる。これらの事実と請求人に対する当裁判所の審尋の結果とを綜合すると、請求人は司法警察員に対し昭和三八年一月一一日本件押収物の還付を口頭で申出、これに対し司法警察員は、婉曲にではあるが、右申出を却下したものと認められる。(尤も刑訴一二三条一項及び一二四条一項は押収者に一定の要件の下に還付をなすべき義務を課している反面当事者の申立権を規定していないので、刑訴四三〇条の手段によつて、留置の必要のない押収物の還付の実をあげようとする場合、「押収物の還付に関する処分」の要件を作るため、還付請求に対する却下処分という過程を必らずとらなければならないものかどうかは問題であるが、少くとも現実に還付申立がありその却下処分があつた場合には、その却下処分を押収物の還付に関する処分として刑訴四三〇条による不服申立の対象とする構成をとることは差支えない。)

そこで進んで還付の当否を検討するに、捜査上本件押収物の留置継続の必要は既にないことは、前記意見書によつても明かなところであるから、本件押収物は還付すべきものであり、還付請求を却下した処分は取消されるべきである。尤も数人の推定受還付権者間の私法上の権利関係が後記の様に不分明な場合には、関係者間の協議の結果を参酌することは望ましいことではあるが、協議が成立しないからと謂う理由で還付を拒否することは、当事者に私法上の和解を強制することになるおそれがあり、刑事訴訟法上の機能を超えた私法関係への不当な介入にもなるであろう。而も本件物件の様に保管に不便な物は、押収期間に比例して破損発錆等価値減少の危険が増大するものであるから、速かに次に示す基準に従つて受還付者を選定して還付し、私法上の問題は当該受還付者と関係者間の民事訴訟(仮処分、引渡訴訟等)によつて解決せしめるのが妥当である。

次に、受還付者の選定については、特段の事由のない限り差出人に還付するのが条理上最も妥当と考えられるので、先ず特例である被害者還付の理由明白か否かを検討すべきであろう。被害者が排他的占有権原を有することが明白であれば、被害者に還付すべきこととなる。然し一件記録に徴すると、本件捜査の段階は未だ被疑者の所在も判明しない段階であり、被疑者等が本件物件を不正に売却した事実は明かであつても、これが窃盗罪を構成するか横領罪を構成するかについては、その基礎となる犯行時前後の本件物件に対する被疑者等の占有関係を判断する資料は僅少であり且つ片面的であつて、現段階では一応窃盗の嫌疑が認められるとは謂え、被疑者等の雇傭契約上の地位、雇傭関係の消滅時期、天野商店の営業状況、倒産後の残務整理の状況等について被疑者等の弁解を対照しつつ捜査を進めた暁にはどの様な実体が判明するか予測し難い状況にある。他方請求人が本件物件を善意無過失平穏且つ公然に買受けたものであるかどうかについても、現在の段階では否定する資料は少いにしても皆無ではない。従つて現段階では誰に所有権があるのか直ちに断定し難い状況にあると謂わなければならない。そして所有権の点を措いて他に被害者が本件物件に対し占有権原を有すると認むべき資料はないので、結局ダイハツ株式会社又は天野勝商店に対する被害者還付の理由明かとは謂い難い。そうすると次に刑訴一二三条一項による還付先を検討するわけであるが、右のとおり所有権の帰属が明かでなく、他に占有権原者が認められない以上、保管者であり所持人であり且つ差出人である請求人に還付するのが最も妥当である。

三、以上の結果刑訴四三二条、四二六条二項に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 森岡茂)

目録

一、軽四輪自動車(貨物ライトバン六三―L三五V二六三六七)

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